#7
『四角形の歴史』/「おすすめの本」に、いま読んでいる本が載っている/「なんか今日このバス変」
※ 本文はAIによる自動文字起こしをもとに作成し、発言内容を保ったまま一部を整理しています。一部、実際の発言と異なる場合があります。
第7回では、地震を「お尻で感じる」話や、花粉に身体が過剰反応する話から始まります。友田が赤瀬川原平『四角形の歴史』を紹介し、犬は風景を見ているのか、自然界に四角はあるのか、美術館で作品を写真に撮ることと実物を見ることは同じなのか、と話が広がります。さらに、スパイダーマンを逆さにして描くデッサン、紋切り型の言葉、千円札を正確には描けないのに偽物には気づく不思議、数学者が何人も乗ったバスを見た小学生の「なんか今日このバス変」という一言から、言葉にしにくい認識や「気配の記憶」について話しています。
地震か、自分が揺れているのか
辻本:えー十月十五日木曜日、十四時九分です。えーneoコーキョーの辻本達也と。
友田:代わりに読む人の友田とんです。
辻本:えー、ふくませるラジオは小さな出版社をやりながら、エッセイや小説を書いている友田とんと辻本達也が、最近読んだ本の初、話から始めて、本の外へ出ていくラジオです。毎月第二第四木曜日配信で、感想はハッシュタグ #ふくラジでお願いします。えーでは今月もよろしくお願いします。
友田:よろしくお願いします。えーと、今日はお天気が。あ、前回も、前回も同じシチュエーションだったような気がするけど、この間もその間も結構雨がまた続いてて、ここ一週、二週、十日ぐらいですかね。十月入って。
辻本:はい。
友田:天気が良くなってきて。
辻本:すごくいいですよね。
友田:すごくいい。うん。
辻本:だから良くなると花粉が出てきて。
友田:うん。
辻本:僕はつらいんですけど。
友田:ああ。花粉は、あれ揺れてるね。
辻本:地震ですね。
友田:うーん。結構、でもそんなには揺れてないですね。
辻本:そうですね。
友田:ここ、ここの、この部屋は揺れるともうすごいんですけど。
辻本:ああ、もっと揺れると。
友田:うん、すごい揺れて、在庫が降ってくる。(笑)から。
辻本:ダメじゃないですか。降ってきたら。降るほどではない。
友田:うん、今日は降るほどではないので、震度一。
辻本:そこまでじゃない。えー、でも震度一、今でも結構分かりましたよね。お尻で。
友田:分かった。なんか揺れ方が、あの、ドンじゃなくて、なんかゆらゆら。
辻本:ゆれゆれゆれ。
友田:横にゆらゆらする感じの揺れが来て、最初はめまいかなと。
辻本:思いましたね。
友田:そうではなかったというのが分かりましたけど。(笑)結構、ね、あの、私は結構地震だ、地震だってなるけど。
辻本:ああ。
友田:なりますか?
辻本:まあなりますね。
友田:うん。
辻本:でも、あの、まあならない方かもしれないですね。
友田:うーん。
辻本:地震だなみたいなぐらいで終わる時もあります。
友田:ああ。私はなんかこう、あんま、大きな時はもちろん、こう、怪我をしないように。
辻本:はいはい。
友田:こう何かしたり。
辻本:位置取りをね。
友田:うん、あるいはこの揺れ方が遠くからの揺れなのか、近くからなのかとか、次第に大きくなるのかとか、観察しながらなんか。と、とはいえ、まあなんかやるって言ったってやれることは、もっと早くにやっとけよっていうことなので、やれることは限られますけど。逆にすごい微小な揺れの時に。
辻本:うん。
友田:これは私しか気づいていないのではないかっていう、ちょっと変な言い方ですけど、あの、震度一ですらないんじゃないかみたいなことを気にして、で、調べます。
辻本:そういう時、ど、どれぐらいのあれで、じ、本当に地震ですか?
友田:いや、大体地震ですね。
辻本:あっ、え、でもそれすごいですね。
友田:うん。え?え、他にだって揺れないでしょ。(笑)
辻本:そうだけど、結構普通に座ってるけど、自分の揺れで揺れって思う時ないですか?
友田:いや、ないですね。
辻本:ああ、そうですか。
友田:うん。え、ありますか?
辻本:僕、結構ありますよ。
友田:自分が揺れてる?
辻本:って思って。
友田:うん。
辻本:調べたら地震じゃない時あります。
友田:ってことは、逆に言えば、私より辻本さんの方が感度がいいんじゃないですか。だってそれは震度一未満の無感地震だけど感じてる可能性もあるわけでしょ。
辻本:ああ、それは、あの、いい捉え方ですよね。
友田:うん。
辻本:その、ただ僕が揺れてるだけだと僕は思ってましたけど。
友田:うん。なんかその、純粋に自分が揺れてて、自分が揺れてるのに自分を地震だと勘違いするっていう可能性ももちろんあるけど、その震度一未満で、だから発表しないけど揺れてたのを自分自身はお尻で感じてるっていう可能性もある。
辻本:でもなんか僕はこういうことが結構あって、その自分の手を上げた時に、手が、手の影がスッと動いただけなのに、なんか蛇みたいのが家に入ってきたんじゃないかと思ってぎょっとするとかあるんですよ。
友田:はぁ。(笑)いやいや、わかるわかる。
辻本:だから、なんていうか、それに似てるっていうか。
友田:ああ。
辻本:その勝手に驚いてる可能性の方が大きいかなと思って。
友田:自分自身を、何か、その、よそ、他のものだって察知してって。
辻本:あの、うまい角度でライトが手に当たってると、上げた時にこう、影が自分の前をシューって横切ったように思って。
友田:(笑)わーって。
辻本:ああ、そうそう。おってなって。
友田:何もいないはずなのに。
辻本:影だみたいな。
友田:それ、あの、あれみたいな感じですね。なんかあの免疫が、あの、何か。
辻本:そうですね。
友田:異物だと勘違いするみたいなのにもちょっと似てますね。
辻本:そうですね。僕アレルギー体質なんで、それは一緒かもしれないです。
友田:同じかもしれない。それ、私もね、アレルギー体質だから、そういうのは、でもあんまりないです。(笑)それに関しては。(笑)
辻本:まあでも過剰に反応してるってことですよね。反応しなくていい怖いものに。
友田:そうそう。
辻本:まあそれ、あの体も一緒で。
友田:うん。
辻本:もうそこの皮膚は、で、反応しなくていいものに反応してるってことですよね。
友田:そうですね。
花粉と、反応しなくていいものへの反応
辻本:花粉だって別に鼻で吸ったって。 本来ただ粉が入ってるだけなのに、危険だと思うから鼻水が出るわけで。
友田:あ、そうですね。何ともないんですか?
辻本:花粉が鼻に入って。
友田:うん。
辻本:どうなんでしょうね。
友田:その成分的な。
辻本:何もないんじゃないですかね。
友田:その昔、それこそもうこれも、あの、うろ-- すごいうろ覚えでもう遠い昔に読んだものだけど。あの、なんだっけ、レイチェル・カーソンの環境ホルモンの話の本とか、二-二十年ぐらいもっと前かもしれない。三十年近く前に、は-流行ってっていうか、結構みんな読んで、その時になんかその、えーとなんだっけ、体で分泌してるエストロゲン、なんかその体内のホルモンと似たものを、が花粉とかに入ってて、結局それはその相手を、何て言うの、ちょっとうまく機能しなくなるようなものが入ってるっていうか。だって食われちゃったら困るわけじゃないですか。というのも、何ともなく食べられちゃうと、その植物が。
辻本:そういうことか、そういうことか、確かにね。
友田:繁殖できないから。食べ、例えば稲だったら、稲食べたら稲の花粉に何かそういうホルモンが来るようなものがあってみたいなことを。
辻本:そうか、花粉を全部誰かに吸い込まれたらもう繁殖しないですもんね。
友田:そうそう。
辻本:うんうんうん。
友田:だからこれ食べるとなんか調子悪いなみたいなことによって。
辻本:はいはいはい、お腹下すとかね、なんか。
友田:まあだから合ってるんですけどね、花粉。だから花粉多分鼻に入ったら。
辻本:そういうことね。ちょっといけないっていう風にした方がいいんだけど、まああまりに多いってことか。
友田:うん。
辻本:じゃあ本いきますか。
友田:はい。(笑)
辻本:じゃあじゃあ友田さんが。
『四角形の歴史』と、自分自身を紹介する文庫
友田:えっと今日は。えっと、これは赤瀬川原平の、えーと四角形の歴史っていう、ちくま文庫に何年か前に入って、一昨年ぐらいに入った本で、私はそれで知りましたけれども。
辻本:僕はなんかその装丁見たことあるな。
友田:なんかね、これ、なんか同じぐらいの時期に、えっと、不思議なお金っていうタイトルの本と四角形の歴史っていうのと、あともう一冊ぐらい、三冊ぐらい、この、あ、これ、中がね、いわゆる文章の本じゃなくて。
辻本:あ、本当だ。
友田:あのいっぱい赤瀬川さんが書いた絵、イラストが入ってて、そこにちょろちょろちょろちょろって文章が、なんか。
辻本:まあちょっと絵本みたいに見える感じですね。
友田:で、これなんかね、シリーズのタイトルが、うん、ちょっとわか-- あ、書いてあった。(笑)子供の哲学、大人の絵本っていうシリーズで三冊ぐらいあって、そのうちの一冊なんですよね。
辻本:これは英語が面白いですね。Framed。
友田:ああ、Framed History。あ、それはその結構。
辻本:歴史の四角形はね、ただの四角形じゃないのかもしれない。
友田:それはこの話の本-本題というか本質なんですけど、なんかこういうのをほぼ晩年、二千、晩年じゃないか、でももう亡くなって十年ぐらいだから晩年かな。二千、最初、元、親-親本は二千六年ぐらいに出たみたいで。えーと、だから。
辻本:二千六、結構最近ですね、確かに。
友田:の本なんですけど。あ、それでちょっとまた、こう、この本の中身に入る前に、ちょっと今これをパラパラ見てて気づいた脱線なんですけど、このなんか、ちくまの文、ちくまじゃなくてもそうかもしれないけど、文庫のこのカバーの、こう、裏側を折り返したところ、袖のところに「ちくま文庫から」って言って、なんかいろんなちくま文庫の本がこうバーッと、まあこの本手に取った人が興味持ちそうな本をこうバーッと書いてあるんですよ。谷川俊太郎とか、岸本佐知子さんとか、レディーミカコさんとか、そう、穂村弘さんとかね、書いてあるんですよ。で、今見てたらね、ここに赤瀬川原平四角形の歴史って書いてあって。
辻本:はい。
友田:これこの本じゃないですか。
辻本:はい、その通ですね。
友田:なんでここに、じ、その、それ自身のことを書くのかなと思って。
辻本:そうですね、確かに。
友田:で、まあ私はこういうのは好きなんですけど、その、で、なんでここにこれを入れとこうかなと思ったのかなっていうのはちょっと気になって。で、ちくまのここ、これにはないけど、新潮、新潮文庫だと、とかだと、後ろに、なんか同じ著者の本のタイトルと、なんか、なんか三十文字ぐらいの簡単な紹介が短冊状にバーって並んでるページが後ろについているじゃないですか。で、あれの、なんか、並びに、「今月の新潮文庫の新刊」っていうページがある時もあって、新刊だと。で、そこにその次の新しいのがバーッと並んでて、そこにね、やっぱりその本自身が載ってるんですよ。
辻本:えーなんで?すごい面白いですね。
友田:それがね、さっきそれを、これを見てて思い出して、これ僕前から好きなんだよなと思って。えっと。
辻本:すごい面白いですよそれ。
友田:なぜ自分自身を、なぜ自分自身を。
辻本:だってね、その印刷会社に入稿するときには自分自身だってことはわかってるはずなのに。
友田:そう。これ例えば今手元に村上春樹と川合隼雄の、えーと『村上春樹、川合隼雄に会いにいく』っていう新潮文庫の本があって、で、やっぱこれも、えっと、なんかこう。
辻本:これさっきおっしゃってたみたいに短冊状にね、あの過去の新潮文庫の本が並んでる。
友田:これまた大概いっぱい載ってるなと。
辻本:たくさん載ってますね。
友田:まあこれ多分折り帳のページ数の関係、多分長く載ってる。
辻本:値段が変わんなかったんでしょうね。
友田:川合隼雄の本があって、村上春樹の本があって、その後なぜか急にフロイト、まあこれ心理療法家だからかな。フロイトとかフィッツジェラルドとか小林秀雄、夏目漱石、シェイクスピア、ドストエフスキー。
辻本:なんでシェイクスピア。
友田:ヘッセ。もうなんかこの辺になってくると、ちょっともうページいっぱい余ったから、ややくそな感じがします。
辻本:古典の名作を入れとけみたいなね。
友田:でキングね、スティーブン・キングとか。で、サン=テグジュペリ、サリンジャー、サルトル、カミュ。
辻本:はい。
友田:で、この後新刊になって、で、牟礼陽子、川合隼雄、村上春樹、だからこれ、これで自分自身を紹介して、その後三浦哲郎、柴田錬三郎とかって、まあもっといっぱい、もちろん読まないですけど。でもこれ好きだったなと思って。
辻本:はー。
友田:何なんだと。理由はちょっと考えればわかったから、それは別にもうどうでもいいんですけど。
辻本:おー。
友田:その新潮のは今月の新刊のページをデザインするのを誰かが一回やったら、それを全部使い回ししてるから同じなんだろうなと。
辻本:そうかなと思いました、そっちは。
友田:だけどこれは。
辻本:それは違うと思う。その今の新潮の方は本文の方じゃないですか。
友田:うん、これはカバーで、この本のためにカバーを作ってるから、カバーのこの袖のところになんで自分自身もまた載っちゃってるかっていうのは。
辻本:その違いがあるのが面白いですね。カバーはね、必ずその、カブ-- その本のために作るわけだから。
友田:もしかしたらこれもなんかデザイン一回やってこれを。
辻本:その月のそこは同じみたいになってるんですかね。でもだってですね、これ別に赤瀬川原平の、そのさっきトマザさんが言ってた別の絵本のタイトルにすればいいだけって思うけど。
友田:そうそう。なんかこれ私もね、子供、うし、裏表、で、ちくまは裏表紙に紹介文が載ってるから、裏表紙、あ、カバーの裏、表四のところを読むと、その『子供の哲学 大人の絵本 第2弾』って書いてあって、じゃあ第1弾ここに載ってるかなと思ってこの袖のところを見ると載ってない。
辻本:第2弾が載ってる。(笑)
友田:第2弾自身が載ってて、じゃあ第1弾は何なのかっていうのが、第2弾って書いてあるのに、第2弾、第1弾。で、なんなら第3弾も。
辻本:うん、もう出てるのかな。
友田:これなんか荷積みになってるから出てるんじゃないかな。あ、文庫が二十二年出るから、そしたらもう出て、とっくに出てるから。
辻本:でもやっぱりあれですか、そのさっき話してた過去のことがわからないのと一緒で、まだその頃でもDTPは結構大変だったっていうことなんですかね。
友田:だってこれ2022年。
辻本:そうかそうか、その文庫はそうか。(笑)そうか、文庫は最近ですもんね。そうか。
友田:いや、もしかしたらこのなんか「ちくま文庫から」っていう、この袖の作りがそんないっぱいないとか。
辻本:ちくまの袖の作りが。
友田:もう十種類ぐらいしかなくて、たまたま自分自身がこれに載ってる。
辻本:ああ、そういうことか。うーん。でも裏のその文章は、紹介文は必ず流し込むわけだから。
友田:うーん、これはちょっとわかりませんね。
辻本:でもそんなに、まあでもたくさん作ってるからってことなのかな。
友田:うーん。いや、わかんないですね。わかんないけど。
辻本:わかんない方が面白いですけどね。
友田:そう、わかんない方が面白いっていうのと、これ考えるの楽しそうだなと思いましたけどね。
辻本:あ、すごい面白そうですね。
友田:どうやって誰が決めてるのか。これもやっぱ編集者の人が後ろに、うーん、「これがいいかな」とか、目録バーッと眺めて、「あ、これ、あ、これもいいんじゃないですか」みたいな。とか、営業の人とかが。
辻本:そうですね、そういう人も関係してね。
友田:「これと一緒並べてもらった方がいいかもしれないから」とかって言ってやってるかもしれない。
辻本:うん。
友田:今度ちくまの人に会った時に。(笑)
辻本:ぜひぜひ。わかったら「なんだそんなことか」ってなっちゃうかもしれないけど。
友田:つまんないかもしれないですね。答えを聞かない方がいいかもしれない。うん。あ、で、これそこまでは脱線で、本の話題にまだ入ってなかったんですけど。(笑)
辻本:四角形の歴史。
友田:四角形の歴史。で、なんか、そのー。
辻本:あ、カラーページもあるんですね。
友田:うん、あのなんかこの絵の一部に色を塗ってる感じ。
辻本:うーん。
友田:で、この本はずっとこの墨で描いたイラストの一部分に薄いみ、なんか水色をちょっと塗ってるみたいな感じなんです。
辻本:ほんとだほんとだ。うん。
犬は風景を見ているのか
友田:で、うーんと、まあこれどんな本かっていうと その、まあ一番最初に犬が風景を見てるかみたいな話をしてて。
辻本:はい。
友田:あの、カメ-- 最初カメラかな。カメラで風景撮ってて。
辻本:うん。
友田:で、「犬は風景って見てるんだろうか」みたいなこと言ってて。
辻本:はい。
友田:「犬は風景見てないと思う」って言って。
辻本:うん。
友田:その風景じゃなくて、もっと目の前にある自分の目的に何か合致する対象を見てる、
辻本:あー。
友田:ものを見てるはずだと。
辻本:はい。
友田:お肉置いてあったら、
辻本:うん。
友田:風景とかじゃなくてお肉見てるはずだろうって言ってて。だけど人間は風景を見るよねみたいな。
辻本:うん。
友田:で、そもそも風景とそのものって別に区別な-- 本当はないから。
辻本:うん。
友田:その一度は全部、その、がん-- なんて言うの?網膜に映るみたいな意味では。
辻本:光が届いてきてるってことですね。
友田:全部届いてるわけだけど、あえてその中から、そのもの、対象だけを人間は意識してて、あとのものは意識してないんだみたいな。
辻本:はい。
友田:で、犬はそもそもその、もっとぼんやり。人間は意識的に風景が見れるけど、
辻本:うん。
友田:犬は風景見てないんじゃない?みたいなことから始まって。
辻本:うん。
友田:で、そもそも人間も絵に-- あ、赤瀬川さんって元々、まあ画家なので。
辻本:はい。
友田:絵の話で。
辻本:うん。
友田:風景画が好きなんだけど、
辻本:うん。
友田:風景を描くようになったのは、
辻本:うん。
友田:その印象派とか以降で。
辻本:はあはあはあ。
友田:それよりも前は、
辻本:あー。
友田:その、そもそも風景を描くっていうことがあんまりないんだと。
辻本:うん。
友田:あの、王様の肖像画とかがあるけど、
辻本:はい。
友田:あれも、まあおまけっていうか。
辻本:はあはあはあ。
友田:あるから描いてるみたいなぐらいなもんで、
辻本:うん。
友田:そんなに描いてない。その、それ自体が主題になることはなかったし、
辻本:うん。
友田:見てる人たちも、まあ景色、それは景色後ろもあるだろうぐらいで見てるだけで、
辻本:うんうん。
友田:そんな真剣にそこに描いてある景色も見てないというようなことを言ってて。
辻本:はい。
友田:だけど、描いてる画家本人は、
辻本:うん。
友田:描いてる時は、
辻本:うん。
友田:それなりにそれが、まあ主題化してしまうっていうか、
辻本:はい。
友田:意識しないと描けないから、
辻本:うんうん。
友田:描いてる時は意識してるだろうみたいな話とかね。
辻本:うんうん。
友田:で、ずっと絵のその、もっと起源に遡っていって、
辻本:うん。
友田:その、なんだっけ、洞窟画とか、
辻本:うん。
友田:ラスコーの洞窟画とか。
辻本:はいはい。
友田:あれ動物だよねとか。
辻本:あー、確かにね。
友田:あと、壺とか皿とかに描いてたりとかして。
辻本:うん。
友田:でもそれも、その、あ、ものが描い-- 動物とか花とか描いてあるだけで。
辻本:うん。
友田:で、で、なんかそっからやっと四角の話に多分なるんですけど。
辻本:へー、はいはい。
友田:その、背景っていうか、
辻本:うん。
友田:その、ものがあるところっていうんですか?
辻本:うん。
友田:っていう意識の仕方が
辻本:うん。
友田:元々ないよね、ないんだじゃないかっていう話をするんですよ。
辻本:はい。
友田:だからそれこそ壺に絵描いてたら、
辻本:うん。
友田:壺は、その、もう、それがガワ、ガワっていうか、何て言うのかな。そのいわゆる額縁みたいなものじゃないから、
辻本:うん。
友田:あんまりそれを意識しないんじゃないかみたいな、ちょっとうまく今言えないんですけど。
辻本:あー、はいはいはいはい。うん。
友田:四角い額縁作って、さあ描くぞってなった瞬間に、この何もないも-ものみたいなのがあるけど、
辻本:うん。
友田:壺は最初から壺だから。
辻本:うん。
友田:だからその形してるので、
辻本:うん。
友田:意味最初からあるじゃないですか。
辻本:そうですね。
友田:だけど、画-- 四角い額縁っていうもの自体が非常に人為-人為的。
辻本:人工的。うん。
友田:そう、人工的なもので。
辻本:うん。
自然界に四角はない
友田:で、自然界にないって言ってて。
辻本:確かに。
友田:円はあるでしょみたいな。
辻本:ほう。
友田:丸いものはあるじゃないかと。それこそなんか水滴落ちてくるにしたって、
辻本:確かに。
友田:星とか月見たって、
辻本:そうだ。
友田:丸いじゃないかと。
辻本:そうだ。
友田:丸はあるんだと。自然界に丸はあるのに、四角はないだろうみたいな。
辻本:うん。あー確かにそうですね。
友田:だ-だから明らかに四角は人間が考えたはずなんだけど。
辻本:うーん。
友田:じゃあどうやって四角、そこの額縁になった四角はどっから来たんだみたいなことを
辻本:うーん。
友田:考えていく。
辻本:へー。
友田:(笑)
辻本:確かにね、直線がないと、そもそも。
友田:それはいいツッコミですね。(笑)あの、直線はあるって言うんですよ、赤瀬川さんも。直線はあるよねと。
辻本:はい。
友田:例えば、木から蜘蛛が糸を垂らして下にスーッと降りてきた時に、それは直線、重力受けてるから直線になるんだと。
辻本:確かに。
友田:だから直線はあるって言うんですよ。
辻本:水平線とかもね、言ったら、まあある程度直線。
友田:そうそう。景色の中に直線はあるって言うんですよ。
辻本:ほう。
友田:だけど四角はないって言って。
辻本:あー。
友田:なんかこう切ってけば四角になるかもしれないけど。
辻本:そもそも四角として存在してるっていうことか。確かにそうかもしれない。
友田:その家建てて、
辻本:うん。
友田:こう窓を開けたらそれは四角になるだろうと思うんだけど。
辻本:うん。
友田:でもそれも、うーん、すごい最近っていうか。
辻本:うんうんうんうんうん。
友田:もっと曲線っていうか。
辻本:うん。はい。
友田:だからなんで四角になってるのかみたいな。だって人間の視界だって四角じゃないですもんね。
辻本:そうですね。 四角だと感じてるだけで。
友田:四角だと感じてますよね、ちょっとね。
辻本:感じてる。
友田:それは多分なんか四角いものをいっぱい見てるからでしょうね。
辻本:そうですね。
友田:映像とか。
辻本:うん。だからスクリーン的なものがね、普通に感じ、それが普通って。
友田:そうそうそうそうそう。あの、だから写真で時々レイアウト的に角が丸く切ってあるやつがあるじゃないですか。
辻本:ありますね。
友田:あの方が変に感じるじゃないですか。
辻本:ああ、確かにそうですね。
友田:なんで角切ってんのかなって思うじゃないですか。だけど僕ら見てる視界は別に。
辻本:もう少し楕円っぽいのかな。
友田:楕円っぽいですよね。
辻本:多分。
友田:うん。あと形も変わる。意識をどっかにグッと近づけた時と、こうやって見てる時とで、ちょっと形も違うような気がするし。
辻本:でも視界の形って考えるの面白いですね。
友田:うん。
辻本:全然意識したことなかったな。その輪郭っていうか。
友田:うん。私も今こうやって喋るまではあんまり意識してなかったけど、考えてみればそんな感じが。
辻本:うんうんうんうんうん。
友田:なんかこういう、そう、だからこの、この四角形の歴史は、
辻本:うん。
友田:なんかそんなことも書いてるんですよ。あの四角に限らなくて、何かその、ものを見るっていうのと、もののある、この、なんていうのかな、背景っていうか、入れ物っていうか。
辻本:はいはいはいはいはい。
友田:みたいなことの話も、まあ。
辻本:でも風景って相当暇になんないと見ないってことなんですかね。
友田:うーん。
辻本:その、例えば生きるのに、生きるのに食べ物が必要で。その毎日苦しかったら、
友田:うん。
辻本:そのものを見ますよね。まあ今すごいざっくり話してるけど。
友田:まあそうね。そう。
辻本:そのぼんやり草原に行って夕日を眺めるみたいな。まあでもそれはあるのかな。その遊牧民とかだってあるのかもしれないけど。
友田:どうなのかな。まあ、その、どうなんですか?
辻本:そう、だから農民が例えば稲を植えていて、
友田:はい。
辻本:えーと、なんかすごく涼しい日で、いい風が吹いていて、まあだから夕日が沈んだり朝日が昇ったりする時に、稲がこう揺れているのを綺麗だなと思って見るみたいな。
友田:うん。
辻本:ことはなんかありそうですけどね。
友田:そうね。
辻本:でもそれをなんというか、うーん、綺麗だなと思うけど、それをあんまり語らないのかな。なんだろう。
友田:うーん。
辻本:でも確かに、今私たちが風景と思ってるものと、その頃の人たちが見て美しいなと思って見ているというのは何か違うような気はしますけどね。
友田:あの、いや、そう、だからその風景画が印象派、印象派ってことは十九世紀以降っていうことでしょ。なんかそれすごい違和感ないですか?
辻本:それは時期的にってことですか?
友田:それ以前の人はじゃあ何見てたんだとか。
辻本:そうですね。
友田:で、あと、えっと、これはうろ覚えですけど。
辻本:それは確かにあるな。
友田:あの、唐谷公人の、えーと、なんだっけ、近代日本文学の起源の中に風景の発見みたいなのとかもあって、章があって、ちゃんと読んでないんですけど、でもなんかその武蔵野、武蔵野地域の、この自然とか風景とか、そこにちょっと自分の心、心理を投影するみたいなのが、実は元々あるものじゃなくて、その、明治以降だったかな。ちょっとこの辺も正確じゃないですけど、でも少なくとも。
辻本:どこかの段階でってことなんですね。
友田:作り出されたもんなんですよとかっていうようなことも言ってたりして。
辻本:いや、でもわからないですね。どういうことなのか。
友田:もっと即物的っていうことなのかな。それとも逆なんですかね。その、つまり即物的っていうのは、例えば米を作ってるから稲は見るみたいな。
辻本:そうそうそう、僕もそうなのかなと最初思いましたけど。
友田:それはもちろん、そういう要素は多分きっとあると思うんだけど、それ以外に、こう、さっきね、辻本さんが言ってくれたみたいに、あの稲が風で揺れているとか、稲穂が実ってこうたわんでるとかっていうのを、その、えっと、何て言うの、その米の収穫と切り離して、それを面白いって感じることが元々、いや、それはある、それはあるような気が。
辻本:するような気はしますよね。
友田:その前に、えーと、誰だっけ、永井泰郎さんっていう小説家さんに小説書いてもらった時に、なんか人間ドックに向けてこう食事制限をしてて、ダイエットしてて、その時会社からの帰り道に田んぼを通ったら、稲が実ってる、こう田んぼの前通って、すごい食欲が湧いたみたいなことを、まあある種ちょっとしたギャグとして書いてたんだけど、それなんかちょっと連想が。 ちょっと遠い。
辻本:そうですね。うん。
友田:だけど、それを面白く書いてくれてたんですけど、でもそれはまああるっていうか、それぐらいなら連想の組み合わせで稲穂が実ってるイコールお米が食べれる。
辻本:むしろ向こう人の人の方がそういう風につなぐ可能性はあるような気がしますね。
友田:そうかもしれない。それこそ例えば、ちょっと遠いって言うんだったら、例えば田んぼに苗を植えてる時に、もうご飯がイメージできるか。
辻本:唾液が出てくるみたいな。(笑)
友田:それちょっと遠すぎるじゃないですか。
辻本:はいはいはい。
友田:とか。あとはそのそういう自分たちが食、えっと、食用に、あの、使ってないようなもの?だったらどう?とか、それを見て何か感じられるのかとか。
辻本:うん。
友田:食べない、何でも食べてるわけじゃないですもんね。
辻本:そうですね。葉っぱとか、葉っぱっていうか木の葉っぱとか食べないですもんね。
友田:木の葉っぱ食べないですよね。それこそそういうのもなんかこう、自然の生態系で、実は稲作にも(笑)、役に立ってるみたいな考え方はすごいなんか現代的な考え方で。
辻本:はいはい、そうですね、回り回ってね。
友田:そういうことじゃないと思うんですよ。別に何の役にも。別にそれ自体は直接自分たちの生活には直接はそんな関係してないけど、あるようなもの?が、どうなのかみたいな。
辻本:うん。
友田:なんかそう、ないんですかね。
辻本:そうですね、そこはちょっとあんまり本当にないのかどうかっていうのが、その想像できなさすぎますね。その。
友田:うん。
辻本:風景、風景。でもあれなのかな、もうちょっと風景っていうのは自然物というよりは、まあ例えば、あの、木造の、まあなんかわかんないけど、昔の人が、あの、建てた自分の家とか、隣の人が建てた家とかがこう立ち並んでいる村みたいなもの。
友田:うん。
辻本:で、その村を見、村を風景として見ないみたいなことを言ってるのかなとも、というふうに思ってきました、今。
友田:村を風景と-
辻本:その例えば今、例えば、ま、街を見た時に。
友田:うん。
辻本:と、まあ、えっと、その自分の家の周りを歩いてる時に。
友田:はいはい。
辻本:えー、なんだろうな、この、ま、街を見るっていう目線はあるじゃないですか、今の私たちは。
友田:はい。
辻本:その、例えば写真を撮ったりもするわけだし。
友田:はい。
辻本:なんだろう、これを切り取ったらどうかなっていうのがある時点で、もう景色として見てると思うんですけど。その昔の人は、例えばそのさっきの稲作をしてるような人たちが、例えば自分の、自分の村をそういう目線で見るかっていうと、もしかすると見ないのかもなと。
友田:はぁ。なんとなくわかってきました。
辻本:でもそれはちょっと、あの、なんだろう、夕日が綺麗っていうのとは別というか。夕日も私たちは景色と呼ぶけど。
友田:うん。
辻本:もうちょっと、あの、自然に綺麗と思わないような背景というか。
友田:うーん。それはなんかでも、面白いのと、あとなんかすごい今この喋ってる内容がかなりやっぱ赤瀬川っぽいですね。
辻本:ああ、そうなんですか。
友田:あの、いや、今さっきその街でこう、どういうこれが景色なのかとか、写真撮って切り取ったりするとどうなるのかとか考えますよねっていう、今なったけど。だからそれもだいぶこの何十年間かの間に違うんじゃないですか。
辻本:そうですね、本当にそうだと思います。
友田:日常的にカメラなんて元々誰も持ち歩い、そう、誰もっていうとあれだけど、そのカメラを趣味にしてる人とかは撮ってたと思うけど。
辻本:だし、その人たちだってフィルムだったら、その、常に撮るとかってことはできないわけで。
友田:そうでしょ。だからかなりこの日常的何かがあったら写真に撮るみたいな。
辻本:うん。
友田:なんなら見てないのに撮ってたりしますよね。
辻本:そうです、そうです。(笑)
美術館で写真を撮る人
友田:ほんとね、最近あの美術館行くと、本当にみんなね、撮っていい作品を片っ端から撮ってる人とかいて。何なの?
辻本:そう思います。あれちょっとさすがにちょっとイラッとしますね、僕は。
友田:なんかせっかく実物を前にしてるのに、って思ったりもするんで。まあでもそれはその人の楽しみ方だから(笑)。
辻本:いやいや、それはそうなんだけど、あれなんですよね。あの、なんか美術館に入ると、Appleがその携帯が美術館の中にいるっていうのを検出して、シャッター音とか消してほしいなって思いますけど。
友田:ああ、周りにね。うるさいからね。いや、なんかね、その、逆に、ちょ、その疑問、疑問っていうか、その疑義っていうことではなくて、不思議っていうか。
辻本:はいはい、わかります。
友田:その、だって、あれ後で見返すのかな?
辻本:いや、見返さないでしょ。投稿するんですよね。
友田:投稿するのか。あ、そういうことなんだ。いやなんか、で、なんなら、あの、ちょっと場、場所を撮るんですよ。あの写真撮ってる人って。
辻本:うんうんうん。ちょっと-
友田:ぶつかったりしちゃいけないし。
辻本:確かに。前を通っちゃいけないし。
友田:待つじゃないですか。あの時間に何人か見れるなと思うし。なんかでもね、不思議だなと思って。
辻本:でもまあそれもすごく四角形的ですよね、その四角形の歴史で言えば。その人は結構この四角形にすごく四角形を使っている人というか。逆に四角形が前面に出ている人というか。
友田:ああ、そうかもしれない。なんかその、最近結構、まあ私もそれこそiPhone以降ですけど、iPhoneとかスマホになって以降だけど、まあしょっちゅう写真は撮っていて。
辻本:うん。
友田:逆に美術館だと、なんか絶対撮ってやるものかみたいな。
辻本:わかりますね。
友田:必死に見るみたいな。ここにいる時間をなるだけたくさん見る時間にするっていうことを。で、もちろん一枚一番印象に残ったものを撮るみたいなのは、それは全然私もやるしありなんですけど。なんかできるだけこの立体的なものをここにいる間に立体、例えばあの画材が油絵とかで凸凹してたら、いかに凸凹をちゃんとここで見ておくかみたいな。じゃないともう見れないから。
辻本:そうですよね。
友田:みたいなことを思うんですけど。それで実は、いや、撮ってる人は目で見るってことと、肉眼で見るってことと、写真に撮ってみるってことが実は同じだと思ってるんじゃないですか。
辻本:ああ、それは可能性あります。僕でもその話で言うと、えっとね、いつ頃かな、大学、まあでもその時期は別に関係ないんですけど、そのなんか僕、その小さい頃って今よりやっぱりテレビがすごい主流というか、まあインターネットもなかったから、テレビをずっと見ていて。あの、現実よりも、現実の、まあ例えば友達と学校で会う時とか、道を歩いている時よりも、テレビの中のものの方がリアリティを感じるって思った時があって。
友田:はいはい。
辻本:なんかやっぱりそっちの方が意識的に見てるんだなって思ったんですよ。だからこうなんか生きてる実感っていうものが、その実物の方にはなくて、そのテレビの中のものが実物みたいなイメージがあるなって思った時があって。なんか今その話を聞いて、今もうだからその人は割にそうなのかもしれないですね。その撮るっていうことがリアリティというか。
友田:はい。
辻本:で、そのスマホの中でもしかしたら見るのかもしれない、一回ぐらい見るのかもしれない。その時に私見たぞって思うのかもしれない。
友田:そうかもしれないですね。だから、いや、そうかも、そうなんでしょう。なので、いや、だってじゃないとあんなに熱心に撮ってるっていうことが。
辻本:というか、並んでるものをぺっぺっぺって撮っていきますもんね。そうそうそうそう。あれは不思議だよな。だからまあ言ったらもっとこう、スマホと接近した人ってことですよね。スマホに、目がスマホになってるというか。
友田:うん。いやなんかね、面白いなと思って。あ、そう、でもね、そうそう、そうそう。だからその、また赤瀬川の話にちょっと戻ると。
辻本:うん。
友田:その、だから風景を。
辻本:うん。
友田:あの、意識するかどうかみたいなっていうのは、その、何て言うのかな、あの、美術館に飾られてる、「これは作品です」って書いてないものを作品と思うかどうかっていう、赤瀬川のその発想と同じだなと思います。
辻本:あー、はいはい。
友田:風景はそのスコープ外だ、だったってことですよね。
辻本:そうですね。そうですね。
友田:それが全面化して、印象派のその風景画みたいになったっていうのは、街に、街の風景の中に何かがあるのを、それをアートだっていう風に捉えたっていうことと。
辻本:確かに。
友田:まあ掃除っていうか。
辻本:そうですね。
友田:だから、まあそういうことしてた人だっていうことなんですけど。え、風景画とか好きですか?
辻本:あ、好きですよ。好きです。好きです。
友田:なんかね。
辻本:まあなんか、なんだろう、これとかっていうのはないけど。でもなんか単純に風景を見てぼんやりするのとか好きなんで。
友田:うーん。なんかあれは風景画見ても同じ感じに頭がなるとかって言いますね。
辻本:あ、やっぱそうなのか。
友田:山とか描いてある風景画を見ると、山見てるのと同じような。
辻本:うーん。
友田:こうリラックスしたり。
辻本:でもやっぱりさっきの友達の話じゃないですけど、美術館で絵見ると、あの、絵の具の凸凹がいいなってよく思いますね。
友田:思いますね。あとやっぱその、こう描いてるなっていう、ひ、何て言うんですか、これ筆致っていうんですか。
辻本:うんうんうん。
友田:こう、こういう向きに描いたな、こう重ねてったなみたいなのがよく見えるっていうか。写真だとやっぱりよくわかんない。
辻本:わかんないですよね。うん。
友田:言われてみれば、そのなんか説明とかにこういう方向に描いてあるとかって、こう絵に説明書いてあっても、そう。
辻本:本当かみたいな。
友田:そうかもしれないなとか思うけど、実物見ると明らかにわかる。
辻本:そっち向き。うん。
友田:こう塗ったんだなっていうのがわかりますから。でもなんかそういうのって教わりました?
辻本:いや、教わんないです。教わんない。ああいうのを教わりたかった、そういうの。
友田:なんか。 いや僕もね、なんか美術の授業とかありましたよね。中学校、高校でも。あ、高校はないか。まあでもあったと思うんだけど。なんか何教わったのかなと思う。まあ聞いてなかったかもしれない。
辻本:なんかでもあれじゃないですか、家で、な-なんというか図工っていうか、なんかこの時間これで作りましょうみたいな課題を与えられてただけだったような気がしますけど。うん。
友田:なんかそれこそ人の顔を描く授業とか。
辻本:はい。
友田:それこそどっか近くの場所に行って、そこの風景、写生がしたりとかしたけど、なんかそのいきなり「さあどうぞ」みたいな。
辻本:「さあどうぞ」ですよね。
友田:それは何なのかなと思って。なんか文章もそうじゃないですか。
辻本:そうです。そうですよ、本当にそうです。
友田:作文とか、なんかそれこそ遠足行って帰ってきたら、じゃあ遠足の文章どうぞみたいな。
辻本:うん、すごいやり方ですよね。それはできねえよって。
友田:すごい苦手になると思います。そんなことされたら。
辻本:嫌いになりますよね。
友田:なんか。
辻本:だってだから多くの人が嫌いになってると思う。どっちも。(笑)そのもともと描くのが好きだった人とか、それに適応しやすかった人はうまくいくから、まあまあ例えば数学とかも同じじゃないですか、算数とか。算数とかも最初得意な人はそのまま得意できるけど。
友田:うん。なんなん、しかもなんかそれは私直接は経験ないけど、読書感想文とかだって最近穴埋め式とかあるとかって言って。
辻本:そうなんすか。
友田:なんか、このこう穴埋めするように書きなさいみたいな、なんかテンプレがある。
辻本:へー。書いてうまくなんのかな、それで。
友田:この本は。
辻本:まるまる。
友田:について書かれた本です。
辻本:おー。まあ最初はそれでもいいのかもしれないけど。
友田:まあそうね。なんか、まあそれは、それはそうね、そういうのも一つの方法として。(笑)
辻本:まあそれがすごく段階を経て、こうなんかより自由に向かっていくようになってれば、もしかしたらいいのかもしれないけど、だいぶうまく組み立てられてないと、ただ埋めて終わり。(笑)
友田:ね、そんな感じがしますよね。
辻本:僕あれなんですよ、その、えー、大学終わって、あ、そうそう、ゲーム会社入った時に、横がアートの、そのなんかポケモンカードとかで描いてるポケモンのイラスト描いたりしてるような人で。
友田:はい。
辻本:で、なんかその人がなんか最近この本、なんか『脳の右側で描け』っていう本を最近、なんかそれ試しながらデッサンをやっていくっていう本なんですけど、これ面白いよって言われて、僕も買って一個ずつやってくんですよ。例えばスパイダーマンってすごい複雑じゃないですか。で、それをそのまんま描くと、あの、なんていうか、その、の-脳で自分が思っているスパイダーマンを描いてしまうので。
友田:うん。
辻本:そうではなく、まあデッサンっていうのは、まあ最初のうちですけど、最初のうちはその見えてるものを描くのだから、そのスパイダーマンだと思ったらダメなんだと。
友田:おお。
スパイダーマンを逆さにして描く
辻本:だからこのスパイダーマンを反、逆さにして、その形を一個ずつ描いていくみたいなことを書いてあったり。その逆に、その、まあ例えばスパイダーマンの輪郭があったら、スパイダーマンではない方の形っていうか、その、えーと、なんて言ったらいいんだろう、これこそ風景みたいなことです。背景の方の輪郭を描くように描くことによって正確に描けますよみたいな。
友田:はいはいはい。
辻本:で、そうやってやっていくと、他のものを描いた時も、その、あの、なんだろうな、印象に残る絵を描けるかどうかとは別ですけど、まずはすごく正確に描けるようにはなるんですよ。で、それがすごい楽しくて、最初。で、なんかこうやって教えてくれたら、絵を描くっていうことの入り口としてはすごくいいのになと思った記憶があって。
友田:本当に確かに。その正確に描けるようになるってやっぱ大事ですよね。
辻本:それがね、見るってことだと思うんですよ、まず。その。
友田:まず見てないからね。ちゃんと見てないから。
辻本:そうそう。だからなんかその本の最初にあったのは、四歳の頃にその人が描いてた絵をお母さんに持ってきてもらって、で、それと同じ家を、それと同じっていうか、それはなんかそれは脇に置いておいて、じゃあ家を描いてくださいみたいな。で、家を描いた時に、なんかほとんどの人は四歳の時と同じような家を描くんだと。その、見て描いてないから。
友田:うんうん。
辻本:家って言われた時のイメージを描くから。
友田:うん。
辻本:そのなんかそれが、あ、見てない、見ずに頭で描いてるからそうなってるって言ってて、なんか本当にそうだなと思って。
友田:うん。そうなんですよ。みんな見て描いて。それは文章でもそうで。あの、なんか紋切り型の言葉使うじゃないですか。
辻本:わかります。うん。
友田:その時って何も考えてないんですよ。
辻本:そうですね。うん。
友田:あのスタンプ押してるような感じで。あんま別にスタンプ押してはないんですけど、でもスタンプ。
辻本:メルカリのね、スタンプね。
「ぽっかり穴が開いたように」は本当か
友田:前回もね、そんな話になりましたけど、その、例えばなんかショックを受けた時に、あの、なんか、あの、ショックっていうか、何か喪失感がある時になんか「ぽっかり穴が開いたように」って言うじゃないですか。 それただそういう言葉を使ってるだけで。
辻本:そうですね。
友田:それはどういうことなのかっていう、むしろそれが重要っていうか、正確に。なんか、なんなら本当に穴開いてんのか、穴開いてないのに、なのか。
辻本:穴が開いたという言葉が浮かんだが、実はそうではないかもしれないみたいな方が面白いですよね。
友田:そう。それを揺すぶってみて、本当に穴っていうことを言わなきゃいけないのか、それとも穴だと思ってたんだけど、なんかむしろ増えてるみたいなとかね。
辻本:はいはいはい。あ、そういうことね。
友田:本当に穴開いてると思って穴開いてたというのはいいんだけど、本当にあなたは穴を感じたのか、それとも、「いや、なんか穴っていうか増えてるんですけど」みたいな。「じゃあ増えてるってやらないとおかしいんじゃないですか」みたいなことですよね。
辻本:うんうんうん。
友田:ちゃんと言ってみて、それがちょうど今のこのなんか状況で感じたことととか、見たこととか感じたことっていう、まあ感じるはちょっと難しいと思うんですけど。
辻本:これはでもやっぱり教育とかと関係してる気がしますね。その、なんていうか、自分で感じ、まあ感じたって言うと難しいけど、自分で感じたことを書くことが、で、認められたり、これで「あ、これいいね」って言われた経験とかがないと、やっぱりなんか安全なことをしたくなるっていうのもあるのかなって気がします。絵とかもそうじゃないですか。なんかやっぱり、なんだろう、これでいいだろうっていう絵を描いてしまう気がするんですよ。その、(笑)あの、いいって言われたことがなかったり、そういう、「あ、それいいね、そういう方向いいね」みたいなこと言われたことなかったな。
友田:うん。それはでもなんか一生引っ張ってるっていうか。
辻本:うん。
友田:別にこう大人になったらそこから解放されてるわけではなく、むしろ逆かもしれないので。その、え、でもなんかね、あの、本人、本人的にいいのはいいってやっぱわかるんじゃないかと思うんだよね。
辻本:ああ、そうですね。
友田:本当にいいのは自分に、自分にとってですよ。別に人がいいって言ってるかどうかってこととは別に、これは自分にとってすごくいいみたいなのはやっぱあるんじゃないかと思うし。
辻本:でもまあそこに踏み出しにくいんだろうな、そこが最初がこう削がれてしまうと。
友田:うーん、そうですね。なんかその、うん、そうですよね。だから、まあ幸いにしてか、まあでもどうかな。国語で褒められたこととかあんまり(笑)。
辻本:僕もないですけど。
友田:ないけどなあ。いや、変に褒められるのも、だから。
辻本:ああ、まあ確かにね、それもそうかもしれない。
友田:だって、紋切り型でも綺麗に描けてたら褒めてくれますよ。
辻本:褒められる、むしろ褒められます。
友田:むしろそれが褒められます。
辻本:そうだそうだ。
友田:で、それがいいのかっていうこと。
辻本:確かにそうだ。
友田:意味わかんないこと書いたら、大人の人も「うーん」って。
辻本:そうですね。
友田:なんか支離滅裂っていうか。でもなんか支離滅裂だけど、本人はそれこそが今感じたんだと思ったら、それを支離滅裂のままとりあえず書いておくことの方がいい。
辻本:本当にそうだと思います。
友田:って変にそれをこうだった、「私はもともとこれがやりたかったから、これができて嬉しい」って書いちゃうと、それは嘘になっちゃう。
辻本:本当にそうだ。ああ、でもだから難しいですね。
友田:難しい。
辻本:なんで今、紋切り型じゃなく、まあ一応書けているのかとかっていうのは面白い話だな。
友田:なんかやっぱそれでも変だっていう感覚があるからじゃ。
辻本:ああ、そうですね。それはありますね。
友田:それはだから、そのある種、こう訓練を受けて社会的に生きるようにみんななってるんじゃないですか。けど、変だっていう感覚もやっぱり別になくなってないっていうか。
辻本:そうですね。うん。
友田:ぽっかり穴が開いたような気がしましたと言いながら、変だとは思ってんじゃないですか。
辻本:そうですね、そういうことだ。
友田:みたいなことを。でもどうなのかな。みんな、まあそんなこといちいち思ってたら大変だっていうのもありますけど。あ、それでね、そうそう、それでこれを読んでて、ちょっと他の仕事もしてて思ったのが、赤瀬川原平がなんか昔、元々あの千札を、えっと、ちょっと実質的には偽造したことになって捕まっちゃうんです、ことがあるんですけど、えっと、それからもっとずっと後の時代になってから、みんないろんな人にあの千円、千円、その時もう一万円札かもしれないんだけど、あの、「書いてみてください」と。記憶に基づいて。だからさっきの家の話も同じだけど、「書いてみて」って言うんですよ。そうするとみんなね、大体書けないんですよ。
辻本:書けないですよ、そんなの。
友田:で、私も今書けって言われても全然書けない。だからそれこそ例えば千、千円札だったら千ってどこに書いてあるとか。四隅かみたいな。いや、対角にしか書いてないかなとか、あるいは鳥がどんなかとか。
辻本:はい。
友田:(笑)あと、まあ漢字でもいろいろ書いてある。だからいろいろ。
辻本:山ほど使ってますけどね、千円ってね。
千円札は描けないのに、偽物はわかる
友田:そうでしょ。書けないじゃないですか。つまり、なんか僕らはなんとなくしか千札を見て記憶してないけど、見てないってことなんですよ。だけど、あの、偽札っていうか、間違え、間違えてるお札がもし来た時に。 なんかこれ変じゃない?ってわかるんですか?それって不思議じゃないですか。
辻本:不思議です。すごい不思議です。
友田:ちゃんと記憶してないのに。
辻本:うん。
友田:本物かどうかはわかるっていうこと。
辻本:そうですね。それはそうだ。
友田:なんか変だぞっていう感覚はちゃんと持ってるっていうことで。
辻本:うん。
友田:なんかだからどっちも必要っていうことなんですよね。
辻本:えー、すごいですよね。確かにそれって。
友田:そう。だから意識の中でこうだぞっていう部分と、その意識じゃないところで、もっと能力があるっていうことだと思うんですよ。
辻本:そうですね。そうだ。
友田:あんまり活かしてない、普段それを。多分。
辻本:そうですね。うんうん。
友田:みたいなことを思いますね。
辻本:そうだな。
友田:意識化してないってことだと思うんですけど、知ってはいるっていうことですよね。だって。
辻本:そうですね。
友田:じゃないと見た時になんか変だぞ。
辻本:そうだなぁ。
友田:っていうとは気づかないはずですよね。
辻本:でもなんかそれもあれですよね。どっからどれぐらいから気づくかっていうのも面白いかなと思いますね。
友田:うん。
辻本:だから例えば位置がちょっと角度が変わっててもわかんないです多分。
友田:確かにね、それじゃ気づかないかもしれない。あと、この人はこれで気づくとか。
辻本:うん、そうですね。
友田:完全なコピーが頭の中にあるわけではないだろうから。
辻本:うん。もしかしたら顔が別人でもすごいうまくやってたら気づかないかもしれない。
友田:ほんとですね。夏目漱石でもいけるかもしれないとかね。今のデザインに夏目漱石。
辻本:そうです。
友田:今のデザインがどうなのかが全然。
辻本:もう前の方しか思い出しにくいですね。てかあんまりね。
友田:最近そもそも見ないから。
辻本:人はね、最近あんまり使わないんでしょうね。
友田:うーん。
辻本:前ほどは使わない。
友田:前ほど見てないからっていうのはありますよね。そうかもしれない。昔の方が日常的にお札を触って見てたからっていう。うん。そう。でもなんかその、でもなんか変だなっていう感覚って不思議だなと思いますね、だから。
辻本:そうですね。
友田:論理的に考えてなんとかってことじゃないわけじゃないですか。
辻本:そうですね。
友田:なんか、なんか違うぞみたいな。
辻本:うん。なんかそういうのってあれとかありましたよ、昔。あの、親が作ってくれたご飯で。
友田:うん。
辻本:同じカレーなんだけど、なんか今日ちょっと、ちょっと違くない?
友田:うん。
辻本:なんかちょっとあの味がちょっと濃いような気がするつって。そして、「ああ、そうそう、今日ちょっと醤油変えたのよ」みたいな。
友田:へー。
辻本:結構ありましたそれ。
友田:あ、それ辻本さん本人の経験。
辻本:そう。
友田:そうなんだ。それは。
辻本:それはお札みたいなことだなと思います。
友田:舌が覚えてる。
辻本:そうです。
友田:あの感じとちょっと感じが違うっていうこと。うん。でもなんかなんか変っていうのは、しかもこのなんかちょっと違うんじゃないとか、なんか変じゃないっていうのが、なんかすごい重要だなと思ってて、最近。
辻本:うんうんうんうん。はい。
友田:その、えっと、何て言うのかな。それは昔話なんですけど、昔、長野の山奥で数学者がいっぱい集まる研究集、研究会っていうか、合宿みたいなのが山奥であって、そこにみんなで行ったんですよ。夕方に間に合うようにね。そこへ行くバスが一日に新幹線の駅からもう1時間ぐらい乗るんですけど、1日に何便かしか走ってないんですよ。で、反対の山の反対側からも来れるから、みんなこっちから行くわけじゃないんですけど。
辻本:はいはいはい。
「なんか今日このバス変」
友田:あのー、夕方乗ったら僕らのバスにはそんなにいっぱい乗ってなくて。でも数学やってる人たちが7、 8人乗ってたかな。大きなバスに。そしたら途中のバス停でなんか通学の小学生が乗ってきて、女の子と男の子と3、4人乗ってきたんですよ。女の子があのバス前のドアから登ってきて、運賃箱みたいなところの前でお金見せるだけかな?見せて、パッって通路に立った瞬間、「なんか今日このバス変」って言ったんですよ。(笑)その、まあ変ですよ。だって普段絶対。
辻本:そうだよね。
友田:その数学者が6人も7人も乗ってないから、バスに。数学者ってちょっと、やっぱりちょっと様子が違うんですよ。
辻本:あー、はい。
友田:ちょっとこれをちょっと正確には説明できないんですけど。
辻本:うんうん。
友田:その。
辻本:例えば一般的なサラリーマンとかとは違うってことですよね。
友田:格好も、そのなんか、何て言うのかな、スーツ着てたりとか、ジャケットとスラッコスとかっていうわけでもないし。うーん。なん、もうちょっとうまく、なんかただカジュアルっていうこととも違うんですよね。ただなんか年結構いってるのにジーパンとTシャツだとか、なんかただなんかチェックのTシャツ着てるとか、そういうこと、チェックのシャツ着てるとか、そういうことじゃないんですよ。なんかちょっとやっぱり雰囲気に何か考え事してるって言ってもいいかもしれないし。 なんかちょっと違うんですよ。で、それは学会とかがある時に、その駅まで行って、ここから会場の大学とか会場の公民館ってどこだろうなって思った時に、わーって周り見渡すと数学者っぽい人がいて、その人が歩いてるところについていくと大体着くんですよ。だからちょっと違う。その-
辻本:でも違うけど、数学者の人らしさはなんとなく同じ感じがあるってことなんですね。
友田:同じ感じが。
辻本:面白いですね。
友田:ある。みんなじゃないけど、何人か以上いたらなんとなくこうわかる感じがあるんですよね。で、
辻本:女の子が。
友田:その女の子は多分数学者は見たことなかったと思うんです。普段載るとこには載ってないわけだから。だけど、なんか様子が今日は変だってことには気づいてるわけですよね。
辻本:うん。
友田:で、言っちゃってるから、言っちゃわない方がいいと思うけど、言っちゃったんですよね。だけどそれ面白いなと思って。わかるっていうことですよ。様子が変だっていうことにはちゃんと。で、それはなんかこう、人間が生きていく能力として非常に重要っていうか。
辻本:うん、確かに。
友田:いいことを発見してるかもしれないけど、
辻本:うん。
友田:危険をちゃんと察知してるっていうことかもしれない。何かの兆候をちゃんと変化してるってことに気づいてるっていうことだから。
辻本:うんうんうんうん。
友田:なんなら乗らない方が良かったかもしれない、そのバスにね。でもまあ-
辻本:降りた方が良かった。
友田:でもまあ一日に何便かしか乗ってない、走ってないから、もうそれ乗れなかったら帰れなくなっちゃうからあれだけど。なんかそういうことがあって、それはなんかしばしば思い出しますね。
辻本:ああ。
友田:(笑)爆笑だったのか、クスクスこっちは黙って笑ってたのか。それは変だろうなと思ったんですよね。(笑)で、それもね、だからその後、その彼女にはもちろん俺は会ってないんですけど、それもっと未来にどっかで、例えば数学者の集団にもう一回その子に遭遇したとするじゃないですか。その時にそのバスを思い出せるかどうかっていうことですね、だから。
辻本:それでも面白いですね。
友田:あれ、この人たちどっかで会ったことがあるような気がするみたいなことが、でもそういうことじゃないですか。その千円札を厳密には写真のようには記憶してないのに、
辻本:うん。
友田:これが本物かどうかとか、なんか合ってるような気がするとか、違うような気がするとか、わかるっていうのは。
辻本:うん、確かに。
友田:なんかそれって普段使い切ってない、何か
辻本:うん。
友田:認識の能力がまだある。
辻本:そうですね。確かにあんまり言い表されてない能力な気がします。
友田:ね。なんて言うんでしょうね、これ。か、まあ無意識に結構そういうの使ってるか。
辻本:印象の記憶みたいなことか。
友田:うん。なんとなくこの人は信用していいかなとか。
辻本:うん、そうそうそう、そういうことですね。
友田:特に根拠はないんだけど、なんとなくこの人はやめとこうみたいな。あるでしょ。
辻本:あります、あります。
友田:そういうところで実は結構使ってるっていうか、
辻本:うん。
友田:膨大な、こう過去のデータ、自分の中のデータベースみたいな。
辻本:うん。
友田:意識して-
辻本:それはさっきのあれですよね、本当に一緒ですよね。この文章いい感じだなとか。
友田:そうだね。
辻本:この文章はちょっとなんかやっぱ真似してる感じだなみたいな。
友田:うーん。確かにそういうのありますね。
辻本:うん。
友田:これどっかで読んだんだよなみたいな時もある。自分の文章で。
辻本:自分の文章で?(笑)
友田:書いた後で、これなんかどっかでこれ、この、この言い方とかこのリズム、
辻本:うん。
友田:なんか絶対どっかから持ってきてるけど、どっから持ってきたんだろうみたいな。
辻本:ああ。
友田:いやほんとね、だからその、なんか面白いですね。
辻本:それもだからなんていうか、情報の記憶じゃないじゃないですか。何かの感覚の記憶っていうか。
友田:うん。
言葉にならない「気配の記憶」
辻本:気配の記憶みたいな。
友田:何なんでしょうね。
辻本:うん。
友田:情報っちゃ情報かもしれないけど。
辻本:うん。
友田:なんか特徴-
辻本:意識的な情報ではないというか。
友田:特、何て言うんだろう、その、それこそコンピューターとかのパターン認識とかの言葉で言えば、ある種の
辻本:ああ、そうそうそう。
友田:特徴量高い次元の何かベクトルみたいなものだと思うんですけど。
辻本:それがあの、えーと、単語と紐付いてない
友田:うん。
辻本:状態で残ってるってことです。
友田:そうですね。なんか、ありますね。だから文章もそういうところがあるんですよね。
辻本:ああ。
友田:これを書いてった先にこれ来るなあみたい。
辻本:ああ。(笑)
友田:まあまたそれは別の機会に喋ります。
辻本:じゃあ今日はそんなところで。
友田:はい、結構喋りましたね。
辻本:結構喋りました。僕じゃあ告知だけしますと、十月三十一日の土曜日に、あの白楽の書店bookpondさんで吉川ひろみつさんと、あの、人文学は生活のどこから始まるのかというトークイベントをやりますので、あの、ぜひ来てください。あの、えー、ブックポンドさんと僕が、あの、トークシリーズで試せる人文学というシリーズをやるんですけど、そのの第一回なので、あの、ぜひ来ていただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。では、今日友田さんが紹介してくれたのは。
友田:えっと、筑摩文庫で赤瀬川原平の四角形の歴史という本でした。
辻本:はい、ありがとうございます。
友田:ありがとうございます。
辻本:失礼します。